ティワナク遺跡に行く!

 2017-04-18

 古代遺跡に向けて出発!

 ラパスの近くには、アンデス文明史の中で非常に重要な位置づけがされているティワナク遺跡があります。3月は雨季の最後の時期で、毎日のように雨が降っていますが、朝の晴れ間を見て思い切って出かけてみることにしました。 

 ティワナク行きのコンビ(乗り合いミニバン)は前回紹介したセメンテリオ(墓地)の近くから出発します。朝9時ころ行ってみると、道路に止めたバンの中に5人ほどの若者が乗っており、「もう1時間も待っているんだ」と言います。 

 乗り合いの車は出発時間が決まっておらず、一定の人数が集まるまで待つのが普通です。運良く、それほど時間を置かず4人の乗客がやってきました。運転手は「じゃあ、行こう」と車を出しました。エル・アルトはいつも通りのすごい渋滞ですが、郊外に出れば、高速道路並みの見通しのいい一本道。思い切りスピードを上げて走れます。ティワナクまでは約2時間かかりました。


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ティワナク行きのコンビ


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ティワナク遺跡の入り口。左の建物が博物館


 1400年近く続いたティワナク文化

 同じ車で来た若者たちが「一緒にガイドを雇おう」と言います。ガイド料は何人でも変わりません。私を含めて8人でシェアして一人18ボリビアーノ(280円くらい)ほど、入場料は100ボリビアーノ(1500円くらい)とちょっと高めです。 

 見学は博物館から始まります。まず、ティワナクとはどのような文化かという説明がけっこう長時間ありました。

 ティワナク文化は、形成期の初期(ティワナクⅠ期)が紀元前200年ほどまで遡り、数多いアンデス諸文化の中でもかなり古い時代に属します。その後、都市として発展を続け、ティワナクⅤ期と呼ばれる西暦1200年ころまで続きます。その間、宮殿やピラミッド状建造物など様々な構造物が作られますが、その特徴はインカ文明につながる巨石加工を得意としていたことにあります。

 現在のボリビアからペルーにかけて広い版図を誇ったティワナク文化は1200年ころになると衰退し、周辺諸族が群雄割拠して争う時代に入ります。その中から出てきて、たちまち諸族を平定したのがインカだったのです。 


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ティワナクの土器

 

雨の中を遺跡見学に・・

 ガイドの説明が長いため、ちょっと苛立ちました。今にも雨が降りそうな雰囲気だったため、すぐに遺跡に出たかったからです。ようやく博物館を出たのですが、まだ次の博物館がありました。こちらには、遺跡を模した部屋の中央にベネットと呼ばれる巨大な石像(モノリート)が立っています。もともとラパスの博物館に置かれていたのを移したそうで、高さ7.3m、重さは20t。紀元600年から800年のティワナクⅣ期に作られたものだそうです。マヤの石像に比べるとプリミティブですが、堂々としていて見応えがあります。ちなみに博物館内は撮影禁止になっています。 

 外に出ると雷が鳴り、かなり雨が降っていました。ガイドはみんなに「合羽を着てください」と言いますが、雨の中での遺跡見学は大変なのです。遺跡の入り口から中に入っていくと、アカパナというピラミッド状建築物がありますが、道がぬかるんでいて靴が泥まみれ。ピラミッドの斜面の土もドロドロになっていて上ることができません。


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雨の中を遺跡に向かうが、足は泥まみれ。

 

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アカパナのピラミッド


有名な太陽の門を見る!

 アカパナに隣接して、カラササヤという石壁に囲まれた130m×120mの長方形の建造物があります。この中には、博物館にあるベネットに似たモノリートが2体と、ティワナクで最も有名な太陽の門が立っています。 

 太陽の門は大きな石を削って彫り出したもので、建物の入り口だったと推定されています。正面の上部にはビラコチャ神が浮き彫りにされておりその両側に、鳥人および走る人とされる2種類の像が繰り返して浮き彫りになっています。それほど大きいものではないのですが、その精巧な作りと高度な石の加工技術が印象に残ります。


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カラササヤを取り囲む石壁。


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カラササヤの中に立つモノリート。

 

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一枚岩をくりぬいて作られた太陽の門。


 カラササヤの北側には28m×26mの半地下式の方形広場があります。深さが1.7mあり、水がないプールのような感じです。中央には小ぶりのモノリートが立っており、周囲の石壁には人の顔を彫った石が埋め込まれています。顔の石は177あるそうで、ビラコチャ神の命によってこの地に現れた様々な人間のグループのシンボルとして彫られているそうです。


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カラササヤ(奥の壁)に隣接した半地下式方形広場。


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広場の壁には人間の顔を象った石彫がはめ込まれている。


インカにつながる巨石文明の源

 天気は回復傾向にあったのですが、道がぬかるんでいるため遺跡をくまなく見て回るのは難しい状況でした。そこで最後に、メインの遺跡群からは少し離れた場所にあるプーマ・プンクに行くことにしました。博物館から歩いて10分ほどで、入り口に到着。ここには、巨石を使った様々な建造物の跡があります。

  かつて、ここには低層の階段状の基盤の上に神殿が建てられ、基盤を掘り下げた広場もあったようです。現在は、元の形が分からないほど破壊されていますが、あちこちに残る大きな石を削り出して作った大小さまざまな石材は見事な出来です。インカの神殿の壁などを形づくる美しく加工された石が思い出されます。石に彫られた形状としては、特に十字が多用されているのが印象的でした。


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プーマ・プンクの巨大な加工石。壁には十字の浮彫が見える。


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精巧な加工がされた石材がたくさん転がっている。


アンデスにも十字架があった!

  ティワナクには「アンデスの十字」と呼ばれる形状があり、アカパナのピラミッドの復元模型を見ると、頂上に十字型の池が作られています。この形状がインカにも受け継がれ、「インカの十字」と呼ばれる4方向、あるいは4つの世界を十字で示す独自の世界観が形成されたとされます。ちなみに、インカの人たちは自分たちの帝国の事を4つの地域を意味するタワンティンスウユと呼んでいました。

  ここで見学の時間が終わりになりました。朝、乗ってきたコンビは乗客が見学を終える時間まで待っているのです。ただし、行きの乗客に加えて、遺跡からラパスに行く他の人達もできるだけ乗せるため、ちょっと窮屈になってしまいます。

  帰りは雨も上がって、4000m近い大平原の青い空に白い雲が湧く美しい光景を見ることができました。遺跡見学にはもう少し時間が欲しい部分もありましたが、同行者とガイドをシェアできたこともあり、満足できる遺跡巡りの小旅行となりました。


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4000mの高原に青空が戻ってきた。




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