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チリ地震の犠牲者は795人に・・

 2010-03-03
 チリ地震での犠牲者は3月2日までに795人になりました。まだまだ犠牲者は増えそうです。
 現地からのニュース映像には新しいものはあまりないようですが、特に被害が大きかった南部のコンセプシオンの様子を伝えるTV番組の映像が多くなっています。



 私は、20年ほど前に、鉄道でサンティアグゴからコンセプシオンに行ったことがありますが、この辺は北部の砂漠地帯とは異なり、緑が非常に豊かで風光明媚な土地柄だったことを記憶しています。
 チリの観光地はあまり知られていませんが、コンセプシオンからプエルトモントに至る南部は特に自然が美しく、チリに行ったら是非行ってみたい地方です。

 チリは私が大好きな国です。地震の被害から早く復興し、多くの人が訪れるようになってほしいものです。

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チリ大地震、現地のニュース速報

 2010-02-28
チリでマグチュード8.8mの大地震があり、首都サンチアゴもかなりの被害が出ているようです。

 現地のテレビで放映されたニュースをYOUTUBEの映像で紹介します。





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南米チリで誕生した右派政権について思うこと

 2010-01-19

 チリの大統領選挙の決選投票が1月17日に行われ、中道右派のセバスティアン・ピニェラ元上院議員(60歳)が当選しました。ピノチェト将軍による軍政の終結から20年間続いた中道左派連合政権が破れ、政権交代が実現することになったわけです。


投票するピニェラ候補

 中道左派政権から中道右派政権に変わるということで、政策的な変化に懸念が生じるところですが、昨年12月に実施された国会議員選において、中道左派連合は上院で過半数の議席を確保しましたし、下院でも勢力は拮抗していますので、政府の路線が大きく変わることはないとみられています。

 チリにおけるかつての軍政時代を経験した人は、この変化にとまどうでしょう。私も、軍政時代のチリに2カ月以上滞在し、反軍政の象徴であったノーベル賞詩人パブロ・ネルーダの追悼集会などにでかけたことがあります。

 そこに集まった群衆の自由を渇望するすごい熱気と、それを取り囲むカラビネーロ(武装警官)たちのロボットのような不気味な迫力を今も鮮明に覚えています。当時は、ガルシア・マルケスが書いたドキュメンタリー「戒厳令下チリ潜入記(岩波新書)」という本の主人公が命の危険を犯してチリに潜伏していたころで、国全体が重苦しい閉塞感に包まれ、貧しい人達の嘆きが満ちているような状況でした。

 その後、政権は反軍政を訴える中道左派政権になり、軍政によって迫害され、外国に亡命していた人たちも帰国して、政府の要職についたりしました。その中には、一時、経済大臣も担当した日系のカルロス・オミナミ上院議員もいます。彼は今回の大統領選挙で3位となったマルコ・エンリケス・オミナミ下院議員の養父になります。ちなみに、オミナミは日本姓の「大南」からきています。

 南米では多くの国で左派反米政権が誕生していますが、こうした現象は、低開発の中で社会的な格差などの問題が解決できずにいる国に多く見られます。一方、チリやメキシコのように経済開発がある程度進んでいる国においては、自国が直面する経済的な問題を解決するためには、米国と協調していくほうがいいということで右派系の政権選択をするケースが出てきました。

 メキシコの場合は、2000年の大統領選挙で、長く続いたPRI(制度的革命党)の一党支配から左派に移るかと思いきや、米国と協調した経済開発を訴える中道右派のPAN(国民行動党)が政権を握りました。今回のチリの大統領選挙でも、長期政権における国民の閉塞感が、異なった政策による経済発展という新しい希望を与えてくれる大富豪のピニェラ候補支持につながったのでしょう。

 政治は振り子のように左から右に振れました。軍政による迫害を受けたオミナミ一家は落胆したでしょうが、また、時代は変わるはずです。

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チリのアジェンデ政権崩壊36周年を迎えて

 2009-09-16
 9月11日、米国ではワールドトレードセンターへのテロ事件の日ですが、チリではアジェンデ政権が、アウグスト・ピノチェト将軍による軍事クーデターによって崩壊した日として記憶されています。今年はクーデターから36周年を迎えました。

 「サンチャゴに雨が降る」という言葉で知られるこの悲劇では、3000人以上の死者と行方不明者を出し、当局により拷問や迫害を受けた人は数万人に上るといわれます。死者の中には、歌を通じて社会変革を目指した「ヌエバ・カンシオン」運動の旗手の1人であったビクトル・ハラも含まれます。


ビクトル・ハラの歌。最初の映像はクーデターで大統領官邸を軍が攻撃しているところ

 ビクトル・ハラは軍に逮捕されてスタジアムに連行され、ギターで革命歌を歌ったところ監視に銃で両手を撃ち砕かれ、それでも歌をやめなかったため射殺されたといいます。民主化後、ビクトル・ハラが虐殺されたスタジアムは「ビクトル・ハラ・スタジアム」と改名されました。

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チリ大統領選挙で台風の目になるオミナミ候補

 2009-06-16
 南米チリの大統領選挙が12月に行われますが、有力候補とされている右派連合のセバスチャン・ピニェラ候補や中道連合のエドワルド・フレイ候補に対して、社会党のマルコ・エンリケス・オミナミ候補が急速に人気を獲得しつつあるということです。

 オミナミ候補は26歳という若さ、映画監督という前歴、そしてyoutubeの映像のように、なかなかのイケメンということで、人気が非常に高まっているようです。



 ところで、彼のオミナミ(OMINAMI)という苗字はちょっと変だと思いませんか。
 
 それもそのはず、実はこれは日本の苗字なんですね。 ということは彼は日系人?


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