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パレンケ遺跡の碑銘の神殿から水路が発見された!!

 2016-07-27

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 マヤの遺跡パレンケで調査を行っていた考古学者が、碑銘の神殿の地下で水路を発見したそうです。
 メキシコの国立人類学歴史学研究所(INAH)の発表によると、この水路は、多方向に延びており、神殿が造られる前に建設されたものということです。発見当時、主要な水路にはまだ水が流れていたそうです。

 調査に当たった考古学者は、水路が給排水施設の一部であったかもしれないが、神殿の主である、パカル王を死者の国へと導く通路として、象徴的にこの水路を設計した可能性もあるとしているそうです。


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 碑銘の神殿の構造図。地下部分に水路が通っている。右側の丸い写真が水路のトンネル。


 パレンケの碑銘の神殿といえば、1952年6月15日にパカル王の墓が発見されたことで有名です(上図の赤い部分に石棺があった)。これにより、それまで、マヤのピラミッドは神殿の土台だとされていた定説が覆り、エジプトと同じように王の墓として作られたケースがあることが証明されたわけです。 また、パカル王が被っていたヒスイの仮面や遺体が収められた石棺の蓋の不思議な彫刻も注目されました。

 今回の発見は、どれほど重要かは分かりません。ただ、数多いマヤの王たちの中でもパカル王はいろんな話題を提供してくれますね。これから先、神殿からどんなものが発見されるか、楽しみです。



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タグ : パレンケ パカル王

米国の研究者がマヤ王の石碑を発見した!!

 2015-08-24
 日本経済新聞のWeb版(8月22日)に、ナショナルジオグラフィックのニュースとして「マヤ王の石碑を発見」という記事が掲載されていました。

 この記事自体は、7月31日にナショナルジオグラフィック日本版のニュースに掲載されたものです。
 記事の内容は、何を言いたいのかよく分からないものでしたが、それはマヤ文明のことが、まだ、よく分かっていないことの証しのような気がします。

 要約すれば、先古典期(紀元250年以前)のマヤの遺跡から、古典期(紀元250年以降)に作られた石碑が出てきたということで、発掘した研究者が驚いたということです。それは、それほど珍しいことでもないと思うのですが・・・・。


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発見した石碑の前で、左が米テュレーン大学中米研究所のマルセロ・カヌート氏、右は石碑を発見したテュレーン大学院生のルーク・オールド=トーマス氏。


 それよりも、この記事で、私にとって興味深かったのは、紀元378年にテオティワカンから来たシヤフ・カック率いる軍勢が、ティカルを支配し、マヤ地域の大変革を引き起こしたということですね。この説は、特に目新しいものではないのですが、マヤの歴史がいかに複雑で、謎が多いかを再認識させられました。


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タグ : ティカル

世界の終わりの日がやってきた!!

 2012-12-20
 いよいよ、マヤの予言とされる世界の終わりの日(12月21日)がやってきました。こういう話題は多くの人が関心を持つようで、数日前からテレビなどのマスコミでも盛んにこのことを取り上げていました。

 テレビ番組などでも解説していたように、2012年12月21日は5126年周期になっているマヤの長期暦が終わりを迎えるわけです。では、12月22日はどうなるかというと、世界が消滅しているわけではなく、次の長期暦がスタートするだけです。西洋暦では、100年周期になっている世紀が終われば次の新しい世紀が始まります。それと同じです。

 20世紀が終わるときにも、世紀末の予言が話題になりました。「世界の終わり」騒動はこれと同じ社会現象と言えます。

 こうした終末論は、キリスト教徒が特に好きなようで、聖書の黙示録がよく引合いにに出されます。しかし、どこの文明でも、多かれ少なかれ終末論はあるようです。

 例えば、仏教にも末法という考えがあり、釈迦の死後1500年あるいは2000年後には仏教が力を失ってしまう世界になるとされています。

 また、メキシコを支配したアステカ文明は、王が終末論を信じたことが文明崩壊の要因とされています。ちなみに有名なアステカのカレンダーには5つの太陽が彫刻されており、アステカ隆盛の時代の前に4つの太陽の時代があったことが示されています。

 マヤ文明も、終末論と同じような運命論に支配されていたのは有名です。このため、多くのマヤの都市が突然放棄された原因が、この運命論とする研究者も多いのです。

 終末論も真剣に信じると困ったことになるわけですが、変わった話題を楽しむという感じならいいのではないかと思います。
 
 ちなみに、この話題のおかげで、私の写真が「本当に怖いマヤの予言(監修:マギー、イースト・プレス刊)」という本のカラー口絵に掲載されました。

本当に怖いマヤの予言



 考えてみれば、12月21日はマヤの壮大な長期歴の一時代の終わりであり、12月22日は5000年以上続く新時代が始まるおめでたい日といえます。これまではマヤの人々にとって苦難に満ちた時代だっただけに、新しい時代は幸せが続くことを願うばかりです。


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グアテマラでマヤの「夜の太陽の神殿」を発見

 2012-07-25
 グアテマラ北部のジャングルに眠るマヤの遺跡、エル・ソツ(El Zotz)で、高さ1.5mの漆喰マスクが壁面に据え付けられた「夜の太陽の神殿(El Templo del Sol Nocturno)」が発見されたということです。


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 エル・ソツ遺跡は、マヤ最大級の古代都市ティカルの西20㎞に位置する小規模な都市だったと考えられています。

 2010年ころ、サイトを調査していた考古学チームが、高さ13mのピラミデ・デル・ディアブロ(悪魔のピラミッド)を発掘し、その頂上で王墓を見つけました。ここに葬られているのはエル・ソツの最初の王だと考えられています。時代は西暦350年~400年とされています。

  その後も発掘調査が進められ、最近になってピラミデ・デ・ディアブロの後方のジャングルの中から夜の太陽の神殿を発見したということです。

 夜の太陽の神殿という名は、壁面の漆喰彫刻に由来します。神殿の壁面には高さ1.5mの漆喰装飾が帯状に施されており、一定の間隔で複数のマスクが据え付けられています。その顔は、1日かけて空を移動する太陽神の顔の変化を表現しているそうです。東の空に昇る太陽はサメのような顔、昼の太陽は血を飲む寄り目の古代人の顔、最後は、夕暮れに付近を徘徊するジャガーのような顔という具合です。

 遺跡を発掘した米国ブラウン大学の考古学者スティーブン・ヒューストン氏は、マスクの色について「残された塗料から紅色に塗られていた」と推測しています。真っ赤に塗装された大きなマスクが壁面から突き出た神殿は、特に夜明けや日没に大きな視覚効果を発揮したはずです。こうした住民や周辺勢力への劇的な効果を考えて作られたのが「夜の太陽の神殿」というわけです。

 大きなマスクを神殿の壁面に据え付けるのはマヤではよく行われました。ティカルの神殿でもマスクが発掘されていますし、ベリーズのラマナイ遺跡の神殿を飾る大きなマスクも有名です。こうした古代文明の装飾は非常に手が込んだ素晴らしいデザインのものが多く、是非、実物を見てみたいですね。



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マヤ文明の都市「オルトゥン」の全容を解明へ

 2011-04-27
 米国ナショナルグラフィックのニュースによると、古代マヤ文明の都市「オルトゥン(Holtun:石の頭を意味する)」についての発表が、カリフォルニア州サクラメントで開催されたアメリカ考古学協会の総会で行われたそうです。

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 このオルトゥンという遺跡は、マヤ文明最大規模を誇るティカル遺跡の南東約35キロの地点に位置しており、栄えたのは紀元前600年頃~紀元900年頃までということです。都市の大きさは縦1キロ、横0.5キロ程度で、定住人口は約2000人。昨年行われた調査により、ここには7階建てのピラミッドや天文台、球技場、複数の住居など、100以上の建築物があったことが明らかになったそうです。

 また、この都市が繁栄していた当時は、重要な公共建造物は赤、白、黄といった色で鮮やかに彩色されており、一部の建物は、幾何学模様や神話の光景、人々の日常生活などを描いた壁画で飾られていたということです。

 現在のオルトゥン遺跡は、熱帯雨林の中で厚い土砂や植物に埋もれており、少し見ただけでは何も見えない状態ということです。オルトゥン遺跡のランドマーク的な建造物であるピラミッドも、「森に包まれた山のようにしか見えない」と調査を行った考古学者のコバセビッチ博士は語っています。

 調査を行っているテキサス州ダラスの南メソジスト大学チームによると、この夏から寺院や天文台、住居跡の発掘を進めていく計画ということです。

 まあ、こうしたまだ発掘されていないマヤ文明の遺跡は、グアテマラやホンジュラス辺りにはたくさんあるのです。日本も青年海外協力隊がホンジュラスのエル・プエンテ遺跡、JTがグアテマラのカミナルフユ遺跡に隣接した場所を発掘調査した上で、遺跡公園として整備しています。

 マヤ文明は他の古代文明と比べて、まだ調査が十分ではなく、謎が多い文明です。こういうニュースを見ると、この地域への発掘調査や国際協力に、日本ももう少し力を入れてもいいのではないかと思いますね。


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