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マチュピチュ、もうガイドなしでは入れない!!

 2017-07-22
matyupityunotice.jpg   マチュピチュ入場規制のニュース。「もう、ガイドなしでは遺跡を歩けない」と書かれている。


 マチュピチュの入場方法が今年の7月から変更になりました。

 これまでも、入場者の増大に対する遺跡保護の観点から、様々な制限が設けられてきたのですが、今回の新たな規制は、これまでとは違ってかなり厳しい内容となっています。

 新しい規制は、主に二点あります。
 一つめは、これまでは朝6時から夕方の5時半までとなっていた入場時間が、午前と午後の部に分けられました。
 午前の部は6時から12時まで、午後の部は12時から5時半まで。入場者はどちらかを選ばなければなりません。

 二つめは、入場は必ず正規のガイドと一緒でなくてはなりません。ツアーであればガイドと一緒に行動するので、大きな問題はないと思います。しかし、個人旅行の場合はガイドを雇う必要があるので、コスト負担が大きくなります。

 また、ワイナピチュやマチュピチュ峰への登山は、ガイドが登山口まで案内するだけになるようです。ガイドの主な役割としては、観光客の入場と退場を管理することのようです。

 この規制の話は、今年の4月に現地の旅行社の方から聞いていました。そんな規制が現実になったらますますマチュピチュは行きにくくなると話をしましたが、早速、実現してしまいました。

 私は、規制が始まる前に行っておいてよかったと思いますが、これから個人でマチュピチュに行こうと考えている方には、面倒なことになりました。

 しかし、マチュピチュ人気があまりに高く、毎日、大勢の観光客が遺跡内で行列している状況をみると、仕方ないこととも思えます。

 ローカル列車でのんびりマチュピチュに行き、ほとんど人がいない遺跡で昼寝をした昔がなつかしいです。


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タグ : マチュピチュ

高野潤氏の思い出。

 2016-11-01

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2006年に開かれた写真展のポスター。


 アンデスの写真家として知られる高野潤氏が亡くなったという知らせが来ました。

 高野氏は1972年からペルー、ボリビアを中心としたアンデスの写真を撮り続け、数多くの写真集や著作を出版しています。中南米関連の世界では、アンデスの写真家と言えば、高野氏というほど、他の追随を許さない経験と知名度があった方です。

 私は1983年にボリビアのラパスで氏とお会いし、一緒に酒を飲んだものです。帰国後も付き合いが続き、氏が行きつけの新宿ゴールデン街などでアンデスの話に花を咲かせました。

 その縁もあり、このブログでも氏が著書を出版するたびに紹介してきました。

 ここ数年、高野氏とは定期的に連絡を取っていたのですが、ペルーにでかけている間は連絡がなく。最近は「また、ペルーで写真を撮っているんだろう」と思っていたところでした。

 すでに70近い年齢となりながら、毎年、長期間ペルーに出かけるバイタリティには敬服していました。ただ、一緒に飲んでいても、体調があまりすぐれない様子が見えており、心配もしていたところです。

 ラテンアメリカでつながる貴重な友人を失い、残念としかいいようがないです。

 ご冥福をお祈りいたします。




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マチュピチュの道路が崩れ通行止に!!

 2014-01-13
 ペルーのマチュピチュ遺跡へつながるバス道路が1月10日に崖崩れを起こし、通行不能になっているそうです。

 ニュース映像で見ると、かなり大きな石が道をふさいでいます。いちおうショベルカーも入っていますが、基本的には石を手作業で取り除いているため、道路の復旧には時間がかかりそうです。

machu.jpg


 ただし、歩いてマチュピチュに登る道はあるため、体力に問題なければ遺跡に行くことは可能です。ニュース映像でも、雨の中、合羽を着て山を登る観光客の姿が映っていました。

 マチュピチュ周辺では、雨季に当たる1~2月は毎年何か問題が起こりますので、観光するにも予定通りにはいかないと覚悟したほうがいいと思います。

 私は、昨年2月に行きましたが、この時も大雨で川が増水したことから2日間マチュピチュへの入場が禁止になりました。ツアーで日程が決まっていたら、アウトですね。

 クスコ周辺では毎日のように雨が降りますので、いたるところで浸水被害やがけ崩れなどの問題が起きます。リマからクスコに行く飛行機も、大雨が降ると視界不良ということで飛びません。2時間や3時間遅れるのは日常茶飯事のことですから、これからこの地方に旅行する計画がある方は、余裕を持った日程を組んだ方が無難です。

 それならマチュピチュは乾季に行った方がいいかというと、そうでもありません。

 雨の時期は、美しい周囲の緑に覆われた遺跡が見れますし、なにより雲の中から現れる遺跡やワイナピチュの姿は神秘的で、感動します。乾季では、こうした光景はなかなか見れないと思います。

 この時期の旅行は大変ではあっても、行く価値はそれ以上にあるのではないでしょうか。


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ペルー、リマの海岸に斜めの額縁ホテルが?

 2013-09-22
 観光開発に力を入れているペルーで斬新なデザインのホテルや歩道などの建設計画が注目されています。

 中でも、特に大胆なデザインが「アンバランス(UNBALANCE)」と名付けられたホテル。その名の通り、まるで、フォトフレームが海岸に斜めに突き刺さったような形をしているのです。

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 これを設計したスペインの「OOIIO」という設計会社によると、これまでリマには世界にアピールできるようなシンボル的な建物がなかったので、想像力を刺激する過激で斬新な建物を作りたかったということです。

 建設計画ではこのホテルには125の客室、会議場、屋上レストランなどがあるそうです。室内はもちろん水平になっていますが、一部には非垂直の空間も取り入れるそうです。
 建設場所は、この絵の感じからは、首都リマの高級住宅街であるミラフローレスの海岸沿いにある崖を想定しているようです。ただ、今はまだ提案している段階で、この設計を受け入れる企業も決まっていません。

 あまりにも大胆なデザインなので、果たしてこの計画を実現できる企業や投資家が出てくるかが問題です。建設会社としては、これから発展が見込まれる南米市場を見込んで、大胆な提案で注目を集めることができればいいのかもしれませんが・・・・。

 OOIIOは、もう一つ、建設地をリマの南部海岸と想定し、自然環境との調和を考えた「HOTEL INGOT」も設計しています。こちらは、ペルーの海岸線の自然に溶け込む?金塊のようなデザインのリゾートホテルで、すでに興味を示している企業があるようです。

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 さらに、すでにリマ市が建設主体となって計画が進められている歩道橋「PUENTE PEATONAL MIRAFLORES-BARRANCO」も設計しています。

 こちらも、結構大胆なデザインで、形状はインカの宝飾品に使われた貝や水晶などをモチーフにしているそうです。設計会社によると、完成は2016年の予定だそうです。

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 ミラフローレスとバランコという二つの高級住宅地を結ぶ巨大な歩道橋が3年後のリマで見れるかもしれません。


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ペルー古代文明の王族の墓で大発見

 2013-07-01
 6月27日、南米ペルーで、かなり規模の大きい古代文明の王族の墓の発掘調査が行われ、3人の女王と60人の遺骨、金銀の装飾品など約1000点あまりが発見されたというニュースがありました。

wari_20130701114053.jpg


 これは、南米のツタンカーメンと呼ばれたシパン王の墓の発見以来の出来事と現地の新聞は伝えており、テレビのニュースでも詳しく取り上げられています。

 この発掘は、首都リマの北方約300kmに位置するウァルメイという街にあるエル・カスティーリョ・デ・ウァルメイ(El Castillo de Huarmey)遺跡でポーランドとペルーの合同チームによって行われていました。

 この遺跡は西暦700~1000年頃にペルーのアヤクチョ地方を中心に栄えたワリ文化のものとされ、今回の発見があった王墓は約1200年前のものと考えられているそうです。

 このワリ文化というのは、ペルーの南部から北部にまたがる広大な帝国を築き上げたとされますが、同時代にペルー南部からボリビアにかけて栄えたティワナク文化とアンデス地域を二分していたとされています。ペルー北部海岸部では、ほぼ同時代にシパン王のモチェ文化も栄えており、この両文化の衝突、あるいは棲み分けがどうなっていたか、まだよくわかっていないようです。

 ペルーでは多くの遺跡が盗掘者によって暴かれて、貴重な遺物が持ち出されてしまっています。ワリ文化の遺物は非常に精巧な工芸品が多く、このエル・カスティーリョ・デ・ウァルメイでも、盗掘が繰り返されて、多くの遺物が散逸してしまったそうです。そんな中、発掘チームは航空写真と電磁波地中レーダーを使って遺跡を精査し、盗掘者が見つけられなかった地下の霊廟を発見したということです。

 ペルーで最大の発見とされたシパン王の墓の発見は1987年のことでした。現在、その優れた遺物はシパン王墓博物館に展示されており、古代文明が生み出した驚異的な工芸品の数々を見ることができます。また、島田教授が発掘したシカン文化の優れた工芸品も国立シカン博物館に展示されています。見るべき遺物があまりないインカと比べると、これは驚異的な質と量なのです。
 
 これまで、インカにばかり関心が行き、北部ペルーの文化に目を向ける人は少なかったのですが、このエル・カスティーリョ・デ・ウァルメイの遺物が公開されると、モチェ(シパン)、シカン、ワリという三つの優れたプレインカ文化の遺物をリマの北部で見ることができるようになるわけです。いつになるか分かりませんが、シパン王墓博物館のような施設でこの遺物を見てみたいものです。


現地のニュース映像


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