リマ郊外にあるパチャカマック神殿を訪問する

 2013-02-27
 クスコからリマに戻って来ました。寒くて雨ばかり降っていたクスコと違い、リマは夏の盛りで、毎日晴天続きです。日中は暑いのですが、それでも日本に夏ほど暑くはありませんし、砂漠性気候のため日陰は涼しいため、非常に過ごしやすいのです。

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リマ市内の通り


 さて、リマ周辺の大きな遺跡と言うと街の南部に位置するパチャカマック神殿があります。パチャカマックというのはケチュア語で「大地の創造者」という意味だそうで、この地を征服したインカがずっと昔からあった大規模宗教施設につけた名前です。この神殿の起源は、西暦200年ころまで遡り、この地に栄えたリマ文化、ワリ文化、イチマ文化などを通して伝統は継承されてきました。それを、インカも受け継いで存続させたのですが、次にやって来たスペイン人によって滅ばされたということです。

 私は25年前にこの遺跡に行ったことがあるのですが、その時は4人ほどでタクシーをチャーターして行きました。今回は一人なのでタクシーは無理です。そこで詳しい人に行き方を聞いたところ、「宿の前の道をバスが通るからそれに乗ればいいよ」と、こともなげに言うのです。

 しかし、パチャカマック神殿はリマ市の南方30㎞のところにあるのです。まさか、そんな遠方に行くバスが住宅街の通り、しかも広いリマの中で、都合よく目の前の通りを走っているとは信じられませんでした。そこで、さらに詳しく聞いてみると、リマのバスというのは市内をあちこち回りながら、かなりの遠距離を走るそうで、やたらと時間はかかるけど、とにかく我慢して乗っていればやがてはパチャカマックまで行くということでした。

 「それなら行ってみよう」ということで、宿の前の道に立ってパチャカマックまで行くバスが通るのを待ちました。何台かのバスが行き過ぎ、やがてパチャカマック方面行きのルート番号が書かれたオンボロ中型バスがやってきました。市内を走るバスはやたら混むのですが、私が立っていたのは始発に近い場所だったため、結構空いていました。しかし、10分もするとバスは満員になっていました。そこからも人が乗る一方で、降りようとすると大変な状態です。

 40分もすると硬い椅子にお尻が痛くなりましたが、ぎゅう詰めの車内で座ることもできず、額に脂汗をにじませて我慢している人たちを見ると、座われていることだけでもラッキーと思うしかありません。バスはどこかわからない街をずんずんと走り続けます。

 そんな状態で約2時間。バスはやがて高速道路を走り、パンアメリカンハイウエイの旧道らしき道に入りました。そろそろだと思った私は、乗客をかき分けて運転席に行き、「パチャカマック遺跡はまだ?」と聞きました。すると、運転手が「ここだよ」と言います。ちょうどいい具合に遺跡の前に着いたのです。

パチャカマ入り口
パチャカマック入り口の博物館


 バスを降りると、目の前に遺跡の門と博物館に続く道がありました。中に入ると、まず博物館を見た後に遺跡に移動するようになっています。ただ、容赦なく太陽が照りつける広い漠の中の遺跡ですから、水は必需品です。私は売店でミネラルウオーターを1本買って遺跡に続く道を歩きだしました。

 しかし、歩いて遺跡を見に行く人はほとんどいません。みんな、ツアーのバスや自家用車で来ていて、汗をかきながら砂漠の中の道を歩く私の横を、通り過ぎていきます。

 まず、入り口から最も近い所に、Conjunto Adobitos(小さな日干しレンガの遺跡群)という遺構があります。これは、この神殿で最も古い時代であるリマ文化のものだということですが、アドベ作りの建物の跡しかありません。

 次にはAcllawasi(アクリャワシ)と呼ばれる「聖なる乙女の館」があります。ここは神に仕える女性たちが住んでいて、インカの神にささげる酒や食べ物を作ったり、織物を織ったりしていたということです。以前来た時も、この建物を見た記憶があります。当時はまだ発掘はあまり進んでおらず、印象的な建築物は少なかったのでしょう、その他のことは全く覚えていません。

パチャカマ乙女
聖なる乙女の館


 ここから、遺跡を時計回りに巡る順路になっています。茶色い土の山の連なりの中に、アドベ(日干しレンガ)作りの建築物があちらこちらに顔を出しているのが見えますが、ほとんど崩れた状態にあるため、どうなっているのかよくわかりません。

 そこから10分弱歩いたところにあるのがPirámide con Rampaという構築物です。傾斜路のあるピラミッドと訳しますが、その名の通りピラミッド型の建物に上るための傾斜路が付けられています。これは、パチャカマックが最盛期を迎えたイチマ文化の時代に作られたということです。

パチャカマ傾斜路
傾斜路のあるピラミッド


 そこからさらに進んだところで、私は遺跡に近づいて写真を撮ろうとしました。すると、ピラミッドの頂上に立っていた監視員が「ピーッ」と笛を吹いたのです。遺跡巡りは決められた順路の上だけを歩けということです。「わかりましたよ」ということで、道に戻り先に進みました。

パチャカマ監視員
ピラミッドの上で見ている監視員


 そこからは砂漠に半分埋もれた様々な建築物の周りを歩くのですが、基本的に同じような景色が続きます。歩く距離も長く、太陽の日差しもきついのでかなり疲れます。

 やがて、左側にかなり規模の大きな建築物が見えてきます。まず、大きな土の山が現れるのですが、よく見ると山腹にたくさんのアドベが積まれているのが見えます。これはTemplo Viejo(古い神殿)と呼ばれる建築物です。その横にあるのがTemplo Pintado(彩色された神殿)、別名パチャカマック神殿です。

 この神殿からは赤などで彩色されたり、魚、鳥などが描かれた壁が見つかっているそうです。この壁面を風雨から守るために、建物の一部には屋根や囲いが設けられています。しかし、道路を外れて遺跡に近づくことができないため、その壁を見ることはできないのです。これは残念なことです。

パチャカマ神殿
パチャカマック神殿


 ちなみに、この神殿からは地震の神と考えられているパチャカマック神の木像が発見されているそうで、ここがパチャカマック信仰の中心地と考えられます。

 このパチャカマック神殿の後ろに小高い丘が聳え、その上に立派な神殿が作られています。これがTemplo del Sol(太陽の神殿)です。その名前からもインカのものというのがわかります。

パチャカマ太陽の神殿
太陽の神殿


 1400年代の中ごろ、ペルーの海岸地方を支配下に置いたインカは、この地方の人々のパチャカマックへの信仰を禁止するのではなく、一定の条件下で認めるようにしました。つまり、インカの太陽神の神殿をパチャカマック神殿を見下ろす場所に建設し、人々にパチャカマックだけでなく太陽神も崇めるようにさせたというわけです。

 パチャカマック神殿から道は太陽の神殿に向かって上り坂になります。それまでは車で回れたのが、ここから先は歩いていかなくてはなりません。そのため、この辺には大勢の観光客が歩いています。私は彼らの後をついて、ゆっくりと坂道を上りました。

 太陽の神殿も遠くから見るとかっこいいのですが、近づくと泥と石の壁ばかりですから、それほど見応えのある遺跡ではありません。

パチャカマ太陽の神殿上部
太陽の神殿の上部はインカらしく切り石を使って壁を作っている



 ただ、最頂部に上ると、その先に太平洋が一望できるのです。驚いたことに、ここに立つと風が冷たく、寒さを感じるほどなのです。真昼なのに、海の先が霧に霞んでいて、その霧が陸地に向けて押し寄せてきています。その霧が、陸地の景色も覆い隠すのですが、間もなく強烈な太陽の日差しによって消えていきます。

パチャカマ海岸
太陽の神殿の上から見た光景。海には霧がわいている


 ここは南極から流れてくるフンボルト海流が暖流とぶつかって霧を発生させる場所です。冷たい海の水から発生する霧を風が運ぶため、風がヒンヤリしていて気持ちいいのです。観光客は遺跡よりそこからの眺めが気に入ったようで、海をバックに写真を撮る人が大勢いました。

 遺跡見学はこの太陽の神殿で終わりです。ほとんど修復されていない壮大な廃墟のような遺跡ですから、見どころがあまりないのが残念です。太陽の神殿も悪くないのですが、遺跡としての魅力には乏しいと思います。ただ、遺跡だけでなく、広い砂漠の光景やその中にある不気味な雰囲気の街、そして冷たい霧を発生させている太平洋など、見て面白いところは結構あるという感じです。

 ところで、リマには市内の観光地を巡る2階建て観光バス「Mirabus」があるのですが、このバスツアーの一つに「パチャカマック神殿ツアー」というのがあります。料金は3000円弱ぐらい。これに乗れば屋根なし2階建てバスに乗って楽に遺跡巡りができます。


 次はペルー旅行の最終回、イカにある謎のカブレラストーンです。



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