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クスコの南の谷にあるマイナーな二遺跡を訪ねる

 2013-02-20
 今回はクスコの南に位置する二つの遺跡、ピキヤクタとティポンに行きます。
 この方面に行くツアーもあるのですが、あまり行く人はいないようで、非常にマイナーな遺跡です。

 いつも通り、私は地元のバスで行くことにしましたが、問題はどこで降りたらいいか分からないことです。とにかく、遺跡がある方向に走るバスを見つけ、車掌に「ピキヤクタ遺跡に行きたい」と言うと、「ピキヤクタは止まらない」というようなことを言います。そこで「その近くの村でいいんだ」と言うと、「そうか・・・」と、なにか気が乗らない様子です。

 それでも、私は気にせず、バスが走るに任せました。こういう時に重要なのは、車掌や運転手に行きたい場所を言うだけでなく、周囲の人に聞こえるように話すことです。

 それは、時々、旅行者の言うことを無視する運転手がいるからです。そんな時、周りの乗客が降りる場所を知っていると教えてくれます。この時もそうでした。

 隣に座った若い男性が「ピキヤクタ遺跡はここだよ、降りなよ」と言って、運転手に「降りる人がいるよ」と怒鳴ってくれました。私は、道路沿いに遺跡があるとは思っていなかったのでビックリです。

 満員の乗客をかき分けて出口に行くと、車掌が「本当に降りるの?」と言います。何言ってんだ降りるに決まっているだろと思って「シー!(はい)」と強く言うと、「ここは止まれないから少し待て」と言います。ようやくバスが止まったのは遺跡から1kmほど離れた場所でした。

 遺跡にバスが止まれなかったわけではありません。なぜなら帰りのバスは遺跡の前に止まったからです。どうも、運転手は快調に走れる道路ではできるだけ止まりたくないようです。地元の人にはそれができませんが、旅行者なら分からないのでとぼけて走ってしまうのです。

 それから、炎天下の道路を20分ほど歩き、ようやく道路沿いにある遺跡に着きました。しかし、ここはピキヤクタとは少し違う遺跡だったのです。ピキヤクタはインカより前のワリ文化の遺跡ですが、ここにあるのはインカ時代の水道橋でした。それはそれで面白い遺構なのですが、実際のピキヤクタ遺跡はそこから歩いて20分ほど山側に入った場所にあります。

ピキヤクタ水道
ピキヤクタ遺跡のそばにあるインカの水道橋跡


 また炎天下を歩き続け、ようやく遺跡の入り口にたどり着いたときはクタクタでした。管理棟で遺跡周遊入場券を見せると、係員が「博物館も見ていきなさい」と言います。部屋の中の方が涼しいので中に入ると、大きな動物の化石が展示してあります。それは古代にこの辺に棲んでいた巨大なアルマジロの骨格と甲羅でした。「こんなのがこの辺にいたのねー・・」と言う感じで遺跡とは違う面白さがありました。 

ピキヤクタ巨大アルマジロ
巨大アルマジロの化石

 さて、ピキヤキクタ遺跡ですが、非常に規模が大きい古代都市の跡で、全体的に見ると「ほおー」と思います。巨大な都市全体が泥壁の城壁で囲まれており、さらに内部には泥壁に挟まれた通路が延々とつながっています。山と泥壁の通路の組み合わせは、まるで小さな万里の長城のようにも見えます。

ピキヤクタ
泥壁に囲まれた広いピキヤクタ遺跡


 ただ、住居跡など個別の建築物も壁はすべて同じ作りです。大きい小さいの違いはありますが、基本的に同じ、壊れた壁が無数に立ち並んでいるだけです。観光客はたまにやってくるだけで、広い遺跡の中に人はほとんどおらず、ただ黄色の花が咲き乱れ、蜂や鳥が自由に飛び回っているだけです。

 疲れもあって、私は遺跡に腰を下ろしボーっと周囲の美しい光景に見とれていました。そこに一人の男の人が通り「やあ、いい天気だね」と言うので、「そうですね。でも暑くて仕方ない」と言うと、笑って行ってしまいました。

ピキヤクタ通路
ピキヤクタ遺跡の長い通路


 泥壁と草花だけの遺跡。「まあ、こんなのが普通だよね」と思いながら、またバスが通る道路に向けて歩き出しました。「帰りのバスをつかまえるのは大変だろうな」と思いながら道路まで来ると、ちょうど帰りのバスが来ました。手を上げるとすぐ止まってくれたのです。あまりの簡単さに拍子抜けでした。

 次は少しクスコ方面に戻りティポン遺跡に向かいます。バスの車掌に「ティポンで降りたいんだけど」と言うと、こんどは親切に「分かった、着いたら教えてあげるよ」と言ってくれました。そして、15分ほどでティポンに着き、車掌が「ここだよ」と言うのでバスを降りました。

 喉が渇いていたのですが、タクシーの運転手が声をかけてきて「遺跡でも飲み物を売っているからすぐ行こう」と言います。少し不安を感じながらタクシーに揺られました。

 ティポン遺跡はバス道路から車で15分ほど山を登った場所にあります。山中のジグザグ道路を走り抜けたタクシーは遺跡の前に止まりました。運転手が「帰りまで待っていてやろうか?」と言います。「いくら?」と聞くと、帰りの10ソレスに待ち時間の5ソレスを加えた15ソレス(約600円)と言います。私は即座に断りました。

 待たれていると遺跡見学に制約ができるし、帰りは何とかなる、最悪歩いてもいいと思ったからです。それから、不安が現実になりました。遺跡の係員に「飲み物はどこで売ってるの?」と聞くと、「ここでは売ってないよ」と言うのです。「運転手にだまされた」と思いましたがもう遅かったのです。

 喉の渇きを我慢して遺跡に入りました。ティポンはインカの農業試験場のような場所だったということです。谷あいの地形を利用して段々畑を作ってあり、豊かな水に潤された棚畑は、今は作物は作っていませんが芝生の緑に覆われています。殺伐としたピキヤクタとは違い潤いがある美しい田園風景です。

ティポン
ティポン遺跡の風景

 その景色の美しさからか、こちらには観光客や地元の若者達が意外に大勢います。ただ、こちらも大規模に整備された段々畑ですので、遺跡としての面白味には欠けます。潅漑用水路や神殿跡などはありますが、それほど凝った作りではなく、すぐ見終わってしまいます。

 日本で言えば、良く整備された大規模な城址公園という感じです。地元の若者達のカップルが緑の芝生に寝転がってイチャツいているそばで、私はのどの渇きを我慢しながら潤いがある人工の景色を楽しみました。 

 帰りは下まで歩く覚悟で自動車道路を歩いていました。すると、すぐ乗合自動車がやってきて乗せてくれたのです。料金はバス道路までわずか1ソル(40円)でした。

 遺跡としては今一つ感が残りましたが、二つとも周囲の景色が非常に良く、時間があったら訪れて見ても損はない遺跡だと思います。何より、人が少ないというのはいいことです。


 次はオリャンタイタンボ遺跡に向かいます。



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