マヤ文明崩壊の原因は旱魃だって!!

 2009-09-04
 昨日、BS朝日の「BBC 地球伝説」で、古代の黙示録・マヤ文明の崩壊という番組を放映していました。
テーマはマヤ文明崩壊の原因を探るというよくあるものですが、ここでは崩壊の原因について新しい説を唱えていて興味を惹かれました。

 マヤ文明は1200年前に消滅したと言われています。実際にはいくつかの巨大都市が滅んだものの、マヤ文明自体が滅んだわけではありません。もちろん、それまでの隆盛と比べるとマヤ文明がかなり衰退したのは事実です。

tical4.jpg
滅亡したマヤの巨大都市ティカル


 なぜ、このような都市の崩壊と文明の衰退が突然起きたかという理由について、これまでは巨大化した都市間の抗争や、異民族の侵入、人口増大による環境破壊、内部の反乱など様々なことが言われてきました。しかし、どれも決定的な理由とは言えず、結局、それらの複合的要因によると考えられるのが一般的だったのです。

 これに対し、この番組では旱魃が原因とする説を紹介しています。これは米国人のディック・ギルが唱えた説ですが、考古学者でもない彼の説は学者たちから無視されました。そこで、彼はこの説が真実であることを証明するために大変な努力を行ったのです。そして、この説を裏付ける重要な証拠にたどりついたのです。

 番組を見ると、確かに旱魃説は否定できないと思います。
 ここでは、ティカル遺跡が出てきますが、この都市が水の確保に大変な努力を払っていたことはよく知られています。当時、世界でも最大級というこの巨大都市を維持するためには大変な水が必要だったでしょう。

 現在のティカルを見ると、豊富な雨量を誇る熱帯雨林の真っ只中に位置し、とても旱魃で苦しんだなどとは想像できませんが、長い歴史の中では気候の変化で雨がまったく降らなくなることがあったとしても不思議ではありません。

 もちろん、これでマヤ文明崩壊の謎が解けたわけではありません。有力な説が加わったくらいでしょうか。

 それにしても、何度見てもティカル遺跡はすごいと思いました。あまり知られていない遺跡ですから、このままそっとしておくことがティカルの価値を高めるだろうと思います。

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コメント
テオティワカンのトラロック、マヤのチャック。どちらも水に関係している雨の神ですね。今回のメソアメリカの遺跡でもよく見かけました。

旱魃への恐れがそれらの神を祀ることになるのでしょうね。チチェンイツァのセノーテへの生け贄も雨乞いの意味があったのではないでしょうか。

ユカタン半島には豊富な地下水脈があったことがマヤ都市を成り立たせたと思いますが、農業生産には天の力(雨)を借りなければならなかったのでしょうね。

メリダやウシュマルなどでは、午後4時前後になるとスコールのような雨が降っていました。いつの時代でも水は生命線ですね。
【2009/09/05 16:39】 | arima #- | [edit]
 テオティワカンのトラロックがマヤに引き継がれてチャックになったようですね。アステカでも雨の神としてあがめられ、雨乞いのためにいけにえが捧げられていたようです。

 確かにユカタン半島にはセノーテに見られるような地下水脈があり、この水源はシアンカーンの一部として世界遺産にも登録されています。

 ただ、ティカルの周辺には水源がなく、大きな川もなかったということで、水の調達には苦労していたということです。

 古代メキシコの農法はチナンパというものだと言われます。これはメキシコシティのソチミルコで今も行われていますが、川の底に堆積した泥を使って作物を育てます。これは非常に効率のいい農法で、これがあったからマヤの都市は人口が増大しても維持できたと言われています。

 しかし、水がなければどうしようもなかったわけです。
【2009/09/07 10:29】 | ヴィクーニャ #- | [edit]












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