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チリのアジェンデ政権崩壊36周年を迎えて

 2009-09-16
 9月11日、米国ではワールドトレードセンターへのテロ事件の日ですが、チリではアジェンデ政権が、アウグスト・ピノチェト将軍による軍事クーデターによって崩壊した日として記憶されています。今年はクーデターから36周年を迎えました。

 「サンチャゴに雨が降る」という言葉で知られるこの悲劇では、3000人以上の死者と行方不明者を出し、当局により拷問や迫害を受けた人は数万人に上るといわれます。死者の中には、歌を通じて社会変革を目指した「ヌエバ・カンシオン」運動の旗手の1人であったビクトル・ハラも含まれます。


ビクトル・ハラの歌。最初の映像はクーデターで大統領官邸を軍が攻撃しているところ

 ビクトル・ハラは軍に逮捕されてスタジアムに連行され、ギターで革命歌を歌ったところ監視に銃で両手を撃ち砕かれ、それでも歌をやめなかったため射殺されたといいます。民主化後、ビクトル・ハラが虐殺されたスタジアムは「ビクトル・ハラ・スタジアム」と改名されました。
 いまの日本では、ほとんど知っている人がいなくなってしまいましたが、私にとって、このチリのアジェンデ政権崩壊は非常に大きな出来事でした。

 私は、ラテンアメリカに出かけるまでこの事実についてほとんど知りませんでした。しかし、クーデターの10年後に初めてチリをおとずれ、ピノチェト軍政下で思想的弾圧と経済的な苦境、大きな社会格差に苦しむ人々を知りました。
 そして、ペーニャというライブハウスで、若者たちが社会変革を求めるヌエバ・カンシオンを歌うのを聞き、チリのノーベル賞詩人パブロ・ネルーダの追悼集会でカラビネーロ(武装警察)と対峙する人々の凄まじい熱気を感じたりしました。

 この時から、私にとってラテンアメリカが特別な意味を持つようになったと思います。

 その後、チリは民主化を達成し、社会の状況も改善されました。しかし、決して問題が消えたわけではありません。
 9月11日には、政府に対して不満を持つ若者たちが全国の都市において暴動を起し、4人が死亡、206人が逮捕されたといいます。

 昔と違って、こうした悲劇の原因は経済にあります。今でもチリには大きな社会の格差が存在し、郊外にはスラム化した地域が広がってます。

 今年の12月には大統領選挙が行われますが、現在のところ右派の候補が優勢と伝えられています。果たして、チリの未来はどうなるのか気になります。


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コメント
スタジアムに連行されるときは、全員が両手を後ろ手に縛られていたはずです。身動きできなかったはずです。当時の写真を見ればわかります。そういう状態で、ギターなんぞを持ち込めるでしょうか?

「伝説」とは言え、当時の本当の様子を知らない者たちが勝手に作り上げた甘い認識にはあきれます。現実を認識すべきです。
【2009/09/16 21:04】 | サザエ #a2H6GHBU | [edit]

> スタジアムに連行されるときは、全員が両手を後ろ手に縛られていたはずです。身動きできなかったはずです。当時の写真を見ればわかります。そういう状態で、ギターなんぞを持ち込めるでしょうか?
>

 確かに、物事には脚色がつきものですから、果たしてギターをスタジアムに持ち込めたのかという疑問は当然あります。
 しかし、国際赤十字の推計では7千人もの人たちがスタジアムに連行されたのですから、全員が後ろ手に縛られていたわけではないでしょう。絶対にありえない話ではないと思います。

 また、重要なのはビクトル・ハラが虐殺されたということで、ギターを持っていたかどうかということではありません。また、ハラがみんなを元気づけるために歌をうたったというのは自然なことです。

 ハラの奥さんは、スタジアムで夫の死体を見つけたとき、手首が異様な角度でぶら下がっていたと証言しているそうですから、伝説に近いことが起きていたのも事実と見ていいと思います。

> 「伝説」とは言え、当時の本当の様子を知らない者たちが勝手に作り上げた甘い認識にはあきれます。現実を認識すべきです。

 これは意味がわからないですね。ギターを持っていなかったという現実を認識しろということですか?
 重要なのは、チリで起きたクーデターによってどれほど多くの人が殺されたのかということです。それを認識しないことこそ甘いのではありませんか。
【2009/09/17 09:48】 | ヴィクーニャ #- | [edit]
1973年チリのクーデター。よく覚えています。平和とか人権とか社会正義とかを考えていた時期ですので、アジェンデ政権転覆に対しては憤りを感じました。

ビクトル・ハラやパブロ・ネルーダの名前もその時に知りました。

数年後に映画「サンチャゴに雨が降る」を見ました。はっきりとは覚えていないのですが、映画の中でアジェンデのチリ国民に対して最後の情熱的な演説を音声だけ流していたのが印象的でした。

ピノチェト軍事政権を背後で操ったと言われているアメリカ。イラクやアフガニスタンにも同じようなことをしましたね。今も昔もアメリカの本質は変わっていないようです。

今、南米では反アメリカの政権が次々に誕生しています。ベネズエラ、ボリビアが代表的ですが。チリは右派の政権ができそうなのですが。意外ですね。
【2009/09/17 18:11】 | arima #- | [edit]
 たしかに南米では反アメリカの政権が次々に誕生しています。
 それは、これまで米国が中南米で悪事を働いてきたことに対する反動でもあると思います。

 メキシコ、グアテマラ、キューバ、ニカラグアなど、政権転覆のために米国が手出しした国は数多く、メキシコには「哀れメキシコよ、米国にあまりに近く、天国からあまりにも遠い」という有名な言葉があります。

 ですから、こうした成り行きは当然ですが、今度は反米政権が問題を起こして自滅する道をたどるのではないかという心配もあります。

 右派は、反米政権の行き過ぎや経済的な問題を攻撃して民衆の支持を得ようとしているのでしょう。

 
【2009/09/18 12:01】 | ヴィクーニャ #- | [edit]












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